おお!東の空が明るい

SNSじゃ言い切れないガチトーク

境界を定めないと気が済まない我々

こんにちは。

 

今日は軽く最近感じていることを書きたいと思います。

 

タイトルでえげつなくハードな文章感が出てるかもしれませんが、あとで内容はわかると思うので、気楽に読んでください。

 

気になったのはこの記事↓

 

www.newsweekjapan.jp

 

アメリカ人の芸人のパックンが書いている記事なのですが、現在、日米の二重国籍を持つ大坂なおみ選手が、日本の法律上22歳になったらどちらかの国籍を選ばないといけないという問題についてです。

 

彼女の選択次第では、東京五輪などをアメリカ代表として戦う可能性もあるということです。

 

それにしてもパックンの日本語能力が半端ないですがそれは本題からそれるのでこれ以上は触れないでおきます(笑)

 

上のような問題のように、二重国籍を認めないという法律では、日本から優秀な人材が流出していってしまう可能性があります。

 

また、優秀な外国人労働者が、日本の国籍を得て日本で働くには自国の国籍を放棄しないといけないとなれば、放棄した場合の様々なデメリットをともなうため、日本で働くのをためらうかもしれません。

 

グローバル化、すなわち国どうしの人や物の行き来が加速していくなかで、
これから日系2世とか移民で活躍する人はゴロゴロ出てきそうですし、何か国籍に代わる権利を考えたりとか、法律とかも考えないと、厳格なルールのせいで物事の発展が遅くなる気がします。
 
もちろん、スポーツや統治にはルールが必要です。
 
しかし、スポーツの話になりますが、この前、男性ホルモンであるテストステロン濃度が高くて生物学的に女性じゃないと判断された、これまでは女子として生活してきた陸上選手もいると知って衝撃を受けました。
 
彼女はテストステロン濃度を減らす治療をしないと大会に出られないかもしれないそうです。
 
普段の生活の性別とスポーツの性別は必ずしも同じではない…のでしょうか…
 
人間は、おそらく生存本能的に「何かわからないあやふやな状態」であることを嫌うし、多くの文明的活動は何かを定義することで進んできたと言えます。
 
しかし人間が何かを認識するために定義をする以上、「定義の中間(反例といったほうが適切かも)」みたいな存在がほぼ必ず現れるのではないでしょうか。
 
人間がウイルスを生物か生物じゃないか決めきれないように。
 
たぶん、性別も国民性も、連続した色のみたいになってて、本来、ここからが男!ここからが女!というようには、線引きできるものではないのではないかと思います。
 
LGBTと呼ばれる人たちもいるし、日本に住んでいてもめちゃくちゃ韓国が好きで詳しい人もいるし。
 
決めたら都合のいいことが多かったから定義したのでしょう。
 
今のところ、オリンピックは国の代表どうしの対抗。
 
グローバル化が進む現代、何によってその国の人(○○人)であると言い切れるのでしょうか。
 
投稿はしてみたものの、僕のなかでも答えはよくわかりません。
 
でもこういうことについて多くの人が知って、考える人が増えることで、いつかいい方向に持っていけるかもしれません。
 
なのでこうやって皆さんに定義しています。
 
三人よれば文殊の知恵。
 
70億人よればどうか。
 
みんなで困難な問題を乗り越えていきたいですね。