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アメリカのビザ取得は驚くほど大変【研究留学のJ-1ビザ取得の流れ】 ミネソタの歩き方000

唐突だが、2022年5月25日から、アメリカはミネソタ大学に8か月ほど滞在して、研究することになった。

 

今回から読み始めてくださった方のために僕のプロフィールを簡単に紹介しておく。

僕は札幌市在住の生物系の博士課程の学生だ。今年、博士課程2年次の期間を使って研究留学している。

 

この部分についてあまり熱く書きすぎると長くなるので、本題に移りたい。

 

アメリカのビザ取得は本当に大変だった。

 

いや大変だとは聞いていたし、自分なりには早めに準備したつもりなのだが、想像を絶する大変さだ。

 

僕は向こうの大学での学位を取得する目的ではないので、学生ビザではなく、交流訪問者(Jー1)と呼ばれるビザを取得する。

身分としては、J-1 Research Scholarというものである。

 

流れとしては、以下の通りだ。

1. 受け入れ先の大学からDS−2019という書類を発行してもらう(かかった時間:2022年2月22日〜4月24日)

 ここで、向こうの事務の人と連携を取って上手く進めないといけない。向こうの事務は日本とは違ってメールの返信が4日後とかだったりする(逆によく4日前の仕事を覚えてるなとつっこみたくなるが笑)。本籍や生年月日、パスポート番号などの個人情報を聞かれ、不足した情報があれば再度聞いてくる。それの返信もまた遅いから、本当に時間がかかる。これは僕がたまたまそういう人に当たったわけじゃなく、他にも違う大学でも何人か経験者がいて、割と一般的に日本の事務と比べて動きが遅いようだ。

 特に、収入の証明に手こずった。このビザの取得には、月1300ドルの収入が最低限要求される。自分がいただいている日本の奨学金の運営側に問い合わせて、英語の証明書を作ってほしいとお願いし、作ってもらったのだが、日本サイドもあまり慣れておらず、初めのものは受給期間や受け入れ先の大学名を明確に示してなかったため、向こうの大学から作り直しを食らった。もう一度、日本サイドにお願いすると、「一回サンプルを作るから、それでいいか向こうに聞いてくれないか」と言われ、返信が遅いアメリカの事務にサンプルを送り、数日後にオッケーと言われ、再度日本の人に作ってもらい、という感じで、3週間ぐらい要した。

 英語力の証明としてTOEICまたはTOEFLのスコアが必要で、それがなければ英語の面接を受ける必要があった。修士課程でも就活をまともにしていないので、TOEICは大学4年生の7月に受けたっきり受けておらず、2年以上経っていたため使えるかわからなかった。幸い、趣味でTOEFL iBTを2021年8月に受けていてスコアがあったので、英語力のテストは回避した。

 DS−2019は、発行されたら向こうの大学がFedExで郵送で送ってくれた。

 

2. DS-160の作成(4月25日)

 自分の情報についての書類をオンラインで記入する。僕は途中で保存しつつ何日かに分けて書いたので覚えてないが、だいたい合計1時間半ほど要するらしい。緊急連絡先に、家族以外の人を2人書かないといけなかったり、トリッキーな質問が結構ある。日本の指導教員と彼女を緊急連絡先にしておいた。また、「あなたはテロ行為を主導した経験がありますか?」のような、「はい」って答えるテロリストおらんやろ系の質問も、最後の方に何十問か連続であるので、笑い事じゃないかもしれないが、笑ってしまった。

 最後に、DS-2019に記載されているSEVIS IDが必要となる。なので、このIDを要求されるまでは1のDS−2019を発行してもらうのと並行してやっておいた方が早い。

 

3. 面接の予約(4月25日)

 学生ビザもそうだが、Jー1ビザも、取得のためには在日アメリカ大使館・領事館での面接が必要だ。僕は札幌の領事館で面接を受けることにした。面接だけで20800円も払わないといけない!さらにSEVISという料金を払わないといけない。これは220ドル(当時のレートで29005円)だった。幸い僕の場合は研究費から経費として出たが。追い討ちをかけるようだが、ビザの郵送代として速達の最強版なのかなんなのか、3190円取られる。

 さらに札幌の場合、必要書類を先にレターパックで郵送しておかないといけないので注意が必要だ。さらにゴールデンウィークのせいか、5月9日まで面接予約が取れないというハード日程だ。生まれてこのかた、ここまでゴールデンウィークを恨んだことはない。

 

4. 面接(面接日:5月9日、ビザ取得:5月14日)

 在札幌アメリカ領事館(表札も何もないので一瞬気づかなくて通り過ぎてしまった)に着くと、パスポートを見せ、中に入る。手荷物検査があり、折り畳み傘は面接が終わるまで預かられた。スマホiPadWi-Fi接続やBluetoothをなぜか切らされた。かなり厳重だ。面接の部屋には4人まで入ることができ、終わった人は出て、新しい人が入り人が入れ替わっていく。面接官はアメリカ人で、英語で喋るものだと思っていたけど、僕の1つ前の人は日本語でお願いしますと言って日本語で面接していたから、それもOKらしい。僕は(日本国内にいるにしては)ある程度英会話をしてきた自負があったので、英語で面接した。

 聞かれるのは、行く期間や、帰国するのかどうか(勝手に移住されると困る)、誰が滞在中のお金を払うのか、などなどごく基本的な質問だ。僕は研究だったので、研究のことも軽く話した。面接官がミネソタ大学出身だったという偶然もあった。

 困ったのは、ビザが届くまで2、3週間かかると言われたことだ。1週間から10日とネットの情報で書いていたので、出国まで2週間と2日ほどしかなかった僕はめちゃくちゃ焦った。毎日のようにネット上でビザの状態を確認した。1週間かからず届いた(焦った〜)。

 

このようにしてなんとか飛び立つことができた。今は規制が緩和されているのかもしれないが、これに加え、渡航前日にPCR検査で陰性証明書を出さないといけないなど、最後の難関もある。渡航前でみんなに会いたいのに、PCRで陽性になってしまったら色々めんどくさいから会えないというような、そんな悲しい日々だった。

 

次回に続く。

 

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